「ハザードマップは意味がない」のか——「想定区域外」とはどういう土地か
2026-08-18
2026年8月の千葉の大雨では、浸水被害の報告のうち「低位地帯または浸水想定区域外から寄せられたもの」が55.7%にのぼりました[1]。地図は外れたのでしょうか。首都圏48市区の約2万セル(250mメッシュ)で、「想定区域」の外と内が、それぞれどういう土地なのか、その内訳を数えました。
3行でいうと
- 「想定区域外で浸かった」は「地図が外れた」ではありません。洪水ハザードマップは川の氾濫(外水)の想定で、今回の主因だった内水(下水道や排水路の能力を超える大雨)は制度上、別の地図になっています[3]。SUMIMAEの洪水レイヤーも同じ外水の想定で、内水はどのレイヤーにも写りません
- 首都圏48市区の面の52.9%は洪水想定の外。そのうち19.4%は標高5m未満の低地で、低地の約半分(51%)は高潮の想定が拾っています。洪水にも高潮にも写らない5m未満の低地は、想定外の面の9.4%
- 低い土地ほど区域に入ります(標高0m未満で98%)が、標高10m以上でも2割強は区域内=川は台地も流れ、想定区域は標高だけでは決まりません。ハザードマップは「浸水しない場所の地図」ではなく「その災害の想定の地図」です
何が起きたか
ウェザーニューズは2026年8月15日、千葉の大雨(令和8年8月千葉豪雨)の被害報告約2万件を分析し、「低位地帯または浸水想定区域外から寄せられたものは55.7%」と公表しました[1]。報告の内訳はアンケート10,009件とウェザーリポート約1万件です。原因として挙げられているのは、時間100mmを超える雨が下水道の排水能力(おおむね時間50mm)を上回ったことです。川があふれる前に、まちの排水が追いつかなくなる内水氾濫が主因とされています。
対象範囲をはっきりさせておきます。大雨特別警報が出た22市町村のうち、市川市・船橋市・松戸市はこの記事の対象48市区に含まれます。記録的な雨量となった千葉市(24時間360mm超=観測史上1位)や外房側の市町は、この記事の対象の外です[4]。この記事は被災地の検証ではありません。「想定区域の外」という言葉が、首都圏の住まい選びのエリアで何を意味するかを測るものです。
「想定区域」は何の想定か——制度の分担

ここで前提がひとつあります。ふだん「ハザードマップ」と呼ばれている洪水浸水想定区域は、水防法14条にもとづいて河川管理者(国・都道府県)が指定する、川の氾濫(外水)の想定です[2]。一方、内水の想定(雨水出水浸水想定区域)は水防法14条の2の別枠で、下水道の管理者の側(都道府県または市区町村)が作ります[3]。高潮もまた別の想定です。
つまり「洪水ハザードマップの想定区域外」は「浸水しない場所」ではなく、「川の氾濫の想定の外」という意味になります。内水で浸かるかどうかは、この地図には最初から写っていません。
このうち洪水と高潮は、実際の画面で切り替えて見られます(内水のレイヤーはありません)。標高と並べるとこう見えます。

観測1: 想定区域はどんな標高の土地か


首都圏48市区を250m四方のセル約2万個で見ると、52.9%が洪水想定区域の外にあります。その内訳を標高で見ると、19.4%(2,072セル)が標高5m未満の低地です。想定の外だからといって、高台とは限りません。
裏返して、想定区域の内側についても同じ内訳を数えられます。内側の標高中央値は3.6m(外側は24.4m)で、63.6%が標高5m未満=想定区域は標高の低い側に大きく偏ります。ただし内側の24.1%(2,290セル)は標高10m以上です。世田谷区・練馬区・杉並区・調布市など台地側の区市では、想定内セルのほぼ全部が標高10m以上にあります。洪水の想定は川(流域)ごとに計算される[2]から、台地を流れる川の沿いにも想定は引かれるわけです。
向きを変えて、ある標高の土地が想定区域に入る割合を見るとこの関係がはっきりします。標高0m未満のセルは98%が区域内、0-2mで86%、2-5mで65%と下がっていきますが、10m以上では22〜24%で下げ止まります。高台でも2割強は想定区域に入るということです。想定区域は「川があふれたとき水が行く場所」の地図で、標高はその近似にすぎません。
なお想定区域の内側では、32.7%がおおむね3m以上(2階に届きうる深さ)の想定になっています。
観測2: 「想定外の低地」はどこに多いか

想定区域外セルが100以上ある市区で、その中の低地の割合を並べると、川崎市川崎区98%・浦安市94%・江戸川区80%、江東区59%、横浜市鶴見区57%、大田区44%。臨海や大きな川沿いの市区に多く、川崎区と浦安市では想定外セルのほぼ全部が低地です。
今回の大雨で実際に浸かった場所は、この「想定外の低地」だったのかどうか。それはこの記事では確かめられません。浸水した場所を地点単位で追える公開データを、この記事の時点では見つけられていないためです。冒頭の55.7%は被害「報告」の分布(分母=報告約2万件)で、ここで数えている土地の分布(分母=セル)とは母集団が違います。突き合わせて「一致する・しない」は言えません(詳しくはデータの限界)。この記事が言えるのは「想定外の低地はどこに、どれだけあるか」までです。
観測3: 洪水に写らない低地の半分は、高潮の地図が受け持つ
この「洪水想定外の低地」のうち、約半分の51%は高潮の想定区域に入っています(分母=想定外かつ5m未満の2,072セル)。区別に見ても、川崎区では洪水想定外セルの79%、浦安市では90%が高潮想定内です。洪水の地図に写らない臨海の低地は、その多くを高潮の地図が受け持っています——想定は分担されています。ただし高潮の想定は海沿いと川の遡上部に寄っています。大雨特別警報の出た3市(対象48市区内)で比べると、洪水想定外の低地のうち高潮想定内なのは、臨海の市川市で72%・船橋市で98%。内陸の松戸市では13%です(分母は各市の想定外かつ5m未満セル=157・64・31)。松戸市にも江戸川沿いの高潮想定はあります。その206セル中202セルが洪水想定と重なるため、「洪水に写らない低地を高潮が拾う」形にはなりません。
残るのは、洪水にも高潮にも写らない標高5m未満の低地=想定外の面の9.4%(1,007セル)。ここは、「内水は別の地図」という制度の含意がいちばん効く場所です。内水の想定図は市区町村ごとの整備で、SUMIMAEはまだ収載していません。
観測4: 「面」で測るか「暮らしの地点」で測るかで数字が変わる
ここまでの数字は土地の面(メッシュ)の話です。人の暮らす地点に寄ると景色が変わります。国が毎年評価する地価公示の標準地(住宅地・商業地など48市区の2,609地点)で同じことを数えると、洪水想定外の地点のうち標高5m未満は5.5%しかありません。面の19.4%より大幅に小さい数字です。理由も測れます。想定外の低地セルの6割は、住民が極めて少ない町丁(全セルでは12%)で、人の暮らしの薄い場所に偏っているからです。
同じ理由で、たとえば江東区は「面」で見ると洪水想定内は55%ですが、「標準地」で見ると91%になります。どちらも正しい値です。何の分母で数えた数字かを確かめること。これはこのサイトの記事で繰り返し出てくる注意で、ハザードの数字も例外ではありません。
この数字でできること・できないこと
- できること: 「想定区域」の内と外がどういう土地か(低地か・別の想定に入っているか)を、区どうし同じ物差しで眺めること。地図で洪水想定と標高を切り替えて見比べること
- できないこと: ある住所が浸水するかどうかの判断。内水のリスクの評価(このデータに内水は写っていません)。避難の判断——それは市区町村のハザードマップと国のポータル(重ねるハザードマップ)で行うもので、この記事はその代わりになりません
「ハザードマップは意味がないのか」への答えは、否定でも肯定でもありません。洪水浸水想定区域図は川の氾濫の想定として作られており、その範囲の答えしか最初から持っていません。内水は別の地図で、高潮も別の地図です。「何の想定か」を読まずに1枚の地図へ全部を期待すると、今回のような乖離が「地図の失敗」に見えます——読み方の問題として整理するのが正確だと考えています。
データの限界
- SUMIMAEの洪水レイヤーは国土地理院「重ねるハザードマップ」の想定最大規模・外水のラスタを250mセルと地点にサンプリングしたもの(高潮・津波は別レイヤーとして収載)。内水の想定はどのレイヤーにも含まれていません
- WNIの55.7%は被害報告の分布(分母=報告約2万件・千葉の大雨)で、この記事の数字は土地の分布(分母=48市区の約2万セル)。別の分母なので、突き合わせて「一致する・しない」は言えません
- 「低地」の5m未満は目安の線引き(3mなら想定外の9.1%・10mなら26.6%)。標高が低いこと自体は浸水の予言ではありません
- セルは250m四方の代表値=街区より粗いものです。個別の宅地の判定には使えません
自分で確かめるには
- データは定期的に更新されるため、地図で見える値は本文の時点と少しずれることがあります
- SUMIMAEの地図で「浸水想定(洪水)」と「標高」レイヤーを切り替えて見比べられます。地図をクリックすると、その地点の標高・浸水想定・高潮想定が並んで出ます データラボで開く ›
ここに挙げたのは、同じデータを自分の目で見るための入口です。将来的には、各記事の分析そのものを画面上で再現できるように整備していきたいと思っています。
出典
- ウェザーニューズ「千葉県で発生した大雨による浸水被害の分析」(2026年8月15日・被害報告約2万件)
- 東京都建設局「洪水浸水想定区域図 Q&A」(令和6年2月・水防法14条にもとづく河川氾濫の想定である旨、および指定河川ごとに流域単位で区域図を作成する旨)
- 国土交通省 水管理・国土保全局下水道部「内水浸水想定区域図作成マニュアル(案)」(令和3年7月・水防法14条の2=雨水出水の想定は別枠である旨)
- Wikipedia「令和8年8月千葉豪雨」(2026年8月18日参照。特別警報22市町村・千葉市の24時間降水量360mm超=観測史上1位・8月14日に気象庁が命名)
元データは国土地理院「重ねるハザードマップ」(洪水=想定最大規模・高潮)と標高タイルです。SUMIMAEが対象48市区の250mメッシュ約2万セルと地価公示の標準地2,609地点にサンプリングして加工しました。数値は加工物であり、各機関の公表値ではありません。実際の避難・重要事項説明には市区町村のハザードマップと国のポータルをご確認ください。